「玄徳、軍師を識る」の巻 ⑧   解説(右クリックして保存)

前回の続きです。劉表さん、玄徳を酒の席に招き、いよいよ長年の懸案事項であった自身の後継者問題について彼に意見を求めようとします。



I invited you here today because there is one thing that I have been pondering over for many years and has been gnawing at my heart. I hope you can help me make a decision.

そこを偶然、蔡夫人が通りかかった・・・のではなく、玄徳さんを尾行していたと思われます。



ちなみに英語で「立ち聞きをする」「盗み聞きをする」を意味する動詞は eavesdrop といいます。自分は高校時代に覚えた単語ですが、結構最近まで eave はラテン語で ear を指し、「耳を落とす→盗み聞く」なのかな?と思っていました。この勘違いのお陰で覚えることができたのですが、実際は eave は家の屋根の「ひさし」を意味します。eavesdrop は元々はひさしから落ちる「滴」の意味であり、そこから「ひさしの下で立ち聞きする→盗み聞く」といった感じのようです。

さて、蔡夫人ですが、今回の会食の直前、屋敷の外で玄徳さんと初対面する場面がありました。



「今の今まで挨拶にも伺わず、非礼をお許しください」と頭を下げる玄徳さんに、「お気になさらず。それよりも荊州はいかが?」と尋ねる蔡夫人。「いや、もう素晴らしいです」と応じる玄徳さんに冷たく一言だけ言い放ちます。

Then, stay a while longer.

玄徳さん、ひきつった笑顔のまま固まってしまいました。直訳は「それなら、もう少し居てください」となりますが、裏を返せば「近いうちに出て行って」ということになります。このシーンを観て、京都人の独特の言い回しをちょっと思い出しました。京都人が「ゆっくりしていってね」と言った場合、本心は「もう帰ってくれ」らしいのですが、実際はどうなんでしょう?

ちなみに「好きなだけ居てください」は

Stay as long as you like.

です。また、第12話の回でも取り上げましたが、「長居して嫌がられる」ことを意味する表現に

you overstay your welcome

があります。(主語と one's の人物が一致。別紙参照。)



話を戻します。劉表さん、自分の2人の息子を次のように評します。「長男の劉琦は誠実だが、生まれつき気も体も弱い。一方、次男の劉琮は大変な切れ者だ」と。劉琮が蔡夫人との間にできた子であり、しかも蔡一族は荊州における最大勢力。劉表さんの心は劉琮に傾いているようです。おそらく劉表さん、玄徳さんの同意を期待していたものと思われます。しかしながら、玄徳さんは袁一族を引き合いに出し、真逆の意見を穏やかな口調ながら、ハッキリ伝えます。

玄徳
Do you know why the Yuan family fell? Of course Yuan Shao was defeated by Cao Cao. But in addition to that, Yuan Shao had to deal with internal strife. His three sons were competing with each other to become their father's heir. Even when the enemy was at the gates, they did not go to each other's aid. This caused Yuan Shao to be defeated by Cao Cao. With all due respect, passing over the elder and choosing the younger has always been the path to disaster.

劉表さん、玄徳の意見に感心しながらも、「蔡一族は強大。劉琮を選ばなかった場合、内乱が起きるかも」と不安を伝えます。これに対し、玄徳さん、ある意見を伝えようとしますが、人の気配を察知し、咄嗟に言葉を飲み込みます。



そして「いやー、今日は実にめでたい。劉表殿と荊州に幸あれ!」とはぐらかします。



「突然どうした???」と狐につままれたかのような表情の劉表さん。

その晩、「今夜は私の屋敷に泊まっていきなさい」との劉表さんの厚意に甘えることにした玄徳さん。別れ際、日中に伝え損ねた意見を述べます。



玄徳
When we were inside the house, I dared not say so much. But now please allow me to say this. Deciding on your heir is a matter of life and death. Only you can make the decision. No one else can exercise this authority. But if you are worried about the Cai clan's power, you can chip away at it a bit at a time. Or else, who will be the true master of Jing Province?



「そのような策は考えもしなかった・・・」との表情を浮かべる劉表さん。玄徳さんの発言の詳細は別紙で解説しますが、簡単に言えば、「蔡一族を恐れているなら、時間を掛けて少しずつ力を削ぎ落とすべきだ」との意見です。本ドラマはそれまでに無かった曹操像を創り出したことでも話題になったようなのですが、これは玄徳さんに対しても言えると思います。創作物では「人徳の人」といった描かれ方がされることが多い玄徳さんですから、このような発言をすること自体、かなり衝撃的です。このようにドラマでは単なる正義漢ではない、彼の腹黒い側面も描かれています。実際、この俳優さんが演じる劉備玄徳からは一種の不気味さが漂うこともあります。劉備玄徳は感情をあまり表に出さない人間だったらしく、ドラマでは史実に近い玄徳像が意識されたのかもしれません。



同じ頃、蔡夫人が弟の蔡瑁を呼び出していました。「今行動を起こさなければ手遅れになる。玄徳をシャーしろ(殺せ)」と命じます。玄徳は敷地内の客用の屋敷で一晩過ごすことになっていますから、暗殺を謀るには絶交の機会です。無論、殺害が成功したとしても、蔡瑁には確実に処罰が課されます。普通に考えれば死罪は免れないでしょう。「玄徳を殺したら、そのまま劉表様に自首する所存です!」と悲壮な決意を語る蔡瑁さん。一族の繁栄のため、玄徳さんと刺し違えるつもりです。 悪役とは言え、あっぱれな心意気です。それに対し、蔡夫人、処罰の心配はしなくても良いと冷静に分析します。

蔡夫人
My guess is that, even though our Lord will be furious when he finds out that Liu Bei was killed, he will not go to the extent of punishing you.

繰り返しますが、蔡一族は荊州で最大の勢力を誇っています。特に軍事面における影響力は絶大です。故に「我らが主君がお前を処罰したくても手は出せない」というわけです。加えて「いざとなったら私と劉琮が土下座してお前の助命を請うつもりだ」との姉の言葉に蔡瑁さん、勇気百倍。



ガーツ!と速攻で手下らを招集し、



ウォーッ!と玄徳さんの泊まる屋敷へと攻め込みます。さながら「本能寺の変」の一場面です。相手は丸腰の玄徳さん1人ですから、「絶対に殺す!」という意気込みが感じられます。ところが・・・。



General, the rooms are empty. We've searched for Liu Bei all over, but there is no trace of him.

「屋敷はもぬけの殻です!」との報告に「んなアホな!」と蔡瑁さん。屋敷の奉公人の話では、玄徳は突然一言も言わず、馬にまたがって立ち去ってしまったとのこと。



実は遡ること数分前。劉琦が玄徳に危機を知らせに飛んできたのでした。「直ちにお逃げを!」と急かす劉琦ですが、勝手に立ち去っては劉表殿に大してあまりに失礼と躊躇する玄徳さん。そうこうしているうちに屋敷の外から馬の蹄の音が・・・。結局そのまま脱兎の如く逃げ出します。



「してやられたか!」 悔しがる蔡瑁さんですが、寝室の筆とすずりを見て一計を案じます。



暫くして「こんな真夜中に何の騒ぎだ?」と劉表さんがやってきます。



「玄徳殿が突然屋敷を出て行かれました。玄徳殿は大切な客人。万一にも不測の事態があってはならないと慌てて駆けつけたのでございます」と蔡瑁さん。ぬけぬけと嘘八百を並び立てます。いぶかしむ劉表さんですが、寝室に入ると壁に文字が・・・。



書かれていたのは「龍は小さな沼で生涯を終えるべきにあらず。我、雷に乗り、天に咆哮することを望む」といった内容の一編の詩でした。これを見て蔡瑁はまくしたてます。「これが玄徳の本性!奴は天に昇る龍となるべく、この荊州を乗っ取るつもりなのです!」と。



言うまでも無く、この詩を壁に書いたのは蔡瑁さんなのですが、劉表さん、騙されてしまいます。

劉表
I have been nothing but kind to him and yet he is so disrespectful in his heart. It looks like he really is plotting to steal the province from me.

「私は誠心誠意、奴をもてなしてきたつもりだが、このような野心を抱いていたとは!」と激怒。そして蔡瑁に命じます。

I must eliminate him!
奴を排除しろ!

蔡瑁さん、心の中で「よっしゃー!」と叫んだに違いありません。今後は主君のお墨付きで堂々と玄徳を始末できます。

・・・が、そこは聡明な劉表さん。「どうも腑に落ちない」と直ぐに考え直します。「玄徳が書いた詩としては武骨すぎる。いや、そもそも玄徳が詩を詠むのを私は見たことが無い」と。「お疑いなら、とりあえず新野(※)に兵を派遣して玄徳を捕え、その上で尋問しては?」と慌てて取り繕おうとする蔡瑁さん。無論、そんなことをすれば玄徳自身の口から真相が漏れるので、どさくさに乗じて殺害する腹です。これに対し、「馬鹿を言うな!」と劉表さんが一喝。

※しんや:劉表の元に玄徳が身を寄せていた時に滞在した地域。実際、その事で有名。

蔡瑁
Please grant me permission to go to Xinye and apprehend Liu Bei. If you still have doubts about this, why don't we arrest him first, then you can ask him to explain himself in person?
劉表
Let's say you go to Xinye to arrest Liu Bei. Will Guan Yu and Zhang Fei just sit around and let you do it? And Zhao Zilong is there as well. Wouldn't this mean immediate war between our two forces?

新野には玄徳軍はもちろん、関羽に張飛、そして趙雲もいます。主君が連れ去られるのを彼らが黙って見ているわけがなく、大規模な戦闘は避けられません。「この件は後で吟味する」と解散を命じます。ところが兵達は「主君」である劉表の命令を聞いても、蔡瑁の顔色を窺うばかりで動こうとしません。激怒した劉表さん。鬼の形相で睨まれた蔡瑁さんは「主君の御命令だ。さっさと立ち去れ!」と慌てて指示します。「策士、策に溺れる」とはまさにこのこと。玄徳を陥れるどころか、むしろ劉表さんの玄徳への信頼を高めることになってしまいました。



翌朝、「ドラえも~ん!」という感じで姉を尋ねる蔡瑁さん。



昨晩の出来事の顛末を説明し、「自分は劉表様の信頼を失いそうだ」と弱気になる蔡瑁に対し、蔡夫人は事も無げに「そりゃそうだ」と言ってのけます。実は昨晩、劉表さんは屋敷に戻って来るや否や、「軍内に裏切り者がいる!」とわめき散らしたとのこと。蔡夫人の言葉を借りれば「血を吐きそう」なほどの興奮状態であり、そのまま病状が再発して倒れてしまったのでした。

蔡瑁
What should we do now?
蔡夫人
Luckily our lord had a relapse. It looks like he won't be able to manage any affairs for the next half a month or so.
蔡瑁
But once he is recovered, he will still investigate this.
蔡夫人
That's for sure. However, I can make sure he doesn't recover so quickly. I've already given the resident doctor orders. On one hand, he must keep Lord Liu alive, but on the other hand, he must keep his illness at its current stage. So you have plenty of time. Make good use of it.

蔡夫人、既に次の手を打っていました。劉表さんの病状がこれ以上良くも悪くもならないよう、医者に命じていたのです。「時間は十分稼げるから、その間に玄徳を始末しろ」という訳です。蔡瑁さん、すっかり感服してしまいます。



蔡瑁
Sister, if you were a man, you would make a great military adviser!
姉さんが男だったら、凄い軍師になれますよ!
蔡夫人
So what? Can I not be a woman and also the master of Jing Province?
それが何?女であれば荊州の主になってはいけないとでも言うの?

蔡瑁さん、姉を称えたつもりが、かえって不機嫌にしてしまいました。創作物に登場するこの手の女性は「もしも男だったら・・・」という前提には敏感に反応しますね。

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そして数日後、新野の玄徳を劉琦が訪ねます。



玄徳さん自ら街を囲む城壁の外に出て出迎えます。そして、例の件で劉琦に礼を伝えると共に、「勝手に帰ってしまったことで、お父上は機嫌を損ねなかったか?」と尋ねます。

劉琦
Coincidentally my father had a relapse of an old illness the next day and became bed-ridden. And so, the matter was put aside.

劉琦さん、病気の再発で寝込んでしまい、その件は棚上げとなったと答えます。そして本日の訪問の理由を玄徳さんに伝えます。実は明後日、毎年恒例の収穫祭が開催される予定です。荊州中の名士が集う大規模な行事であり、今年は病に伏せている父親に代わって自分が出席することになったのでした。そして「若輩の自分に代わりが務まるのか?」と父親に相談したところ、玄徳に同行してもらうことを勧められたのでした。玄徳さん、快く引き受けます。

・・・が、言うまでも無く、これは自分の身を危険にさらすことを意味します。



重臣たちを集めての会議。重苦しい雰囲気が漂っています。彼らはもちろん、先日の事件の詳細を知らされています。暗殺集団が待ち受けているかもしれない場所に主君がわざわざ出向くわけですから、当然と言えば当然です。



張飛はストレートに止めようとしますが、劉表や劉琦の面目を潰すわけにはいきません。「だったら俺様が兄者に同行する!」とボディーガードを名乗り出ますが、「いや、お前は直ぐキレるから・・・」と玄徳さんは趙雲を護衛役に指名します。



そして劉琦と趙雲、僅かな護衛の兵士達を連れて収穫祭会場の街へやって来た玄徳さん。すると向こうから、白装束がひときわ目立つ1人の男が歩いて来ます。



キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

遂に徐庶さん、登場です。徐庶さん、玄徳さんの愛馬を見て、「いやあ、見事な馬ですなあ」と近付いてきます。これが玄徳さんと徐庶さんの邂逅となります。



さて、この後、2人はどのような会話を交わすのか?そしていかにして徐庶は劉備玄徳の軍師となるのか?

今回はこれまで。


参照エピソード : Youtube : three kingdoms english 31 で検索