「玄徳、軍師を識る」の巻 ⑦   解説(右クリックして保存)

超久々の更新になります。前回の続きです。一年以上長々と引っ張ってしまいましたが、遂に主役の徐庶(じょしょ)さんに直接関わる物語です。とは言え、彼自身が登場するのはもう少しだけ先になります。

繰り返しにはなりますが、ここであらためて彼について簡単に解説しておきます。



演義では「単福」(ぜんふく)という偽名を使っています。これは友人の敵討ちの手助けをして追われる身となったためであり、実話に基づいているようです。徐庶さんは演義を元にした物語では大変重要な3つの役割を当てられています。1つは劉備玄徳にとって初の軍師であること、2つ目は玄徳に軍師の重要性を悟らせたこと、3つ目は玄徳に孔明の事を伝え、2人が出会うきっかけを作ったことです。



史実では母親が曹操の捕虜となったため、(おそらく了承を得た上で)玄徳の元を去り、そのまま終生曹操に仕えたようですが、創作物では彼の「玄徳後」の人生は相当脚色されています。特にNHK人形劇では曹操の策略により、母親の筆跡を真似た偽手紙によって誘い出されて曹操軍に投降。騙されて玄徳を捨てた息子を恥じた母親は自害。その後は曹操に仕えることを拒否。やがて自身が推挙していた孔明が玄徳に軍師として迎えられたことを聞き届けると安堵し、曹操暗殺を謀って命を落とすという、ドラマチックな最期が用意されていました。中学時代にリアルタイムで観ましたが、この展開はかなり衝撃的だったのを良く覚えています。

今回からいよいよ徐庶と玄徳の邂逅について直接触れていきますが、その前に簡単に物語の背景となる状況に触れておきます。

前回のエピソードの最後で触れた通り、張飛と関羽の無事を知った玄徳は袁紹の下からまんまと逃げ出します。玄徳のまさかの裏切りに激怒する袁紹さんですが、もはや後の祭り。挙句、「あの野郎は曹操と手を組むつもりだ!」と的外れな事をわめき散らしますが、許攸さんに諌められます。

 

袁紹
Liu Bei betrayed me and has sided with Cao Cao!

許攸
Not so, not so. Liu Bei hates Cao Cao to the core. One might say they are mortal enemies. Therefore, he will never join Cao Cao. He must have gone to join Liu Biao of Jing Province.

「玄徳は曹操では無く、荊州の劉表を頼るつもりだ」と許攸。それを聞いて袁紹さん、ますます面白くありません。自分が劉表以下だと断じられたも同然だからです。



「あながち否定もできないんだよなあ・・・」とうつむく許攸さんに哀愁を感じます。

袁紹
Am I no better than Liu Biao? I lavished care and affection upon Liu Bei, yet he broke his promise, betrayed and abandoned me. Nothing short of executing Liu Bei and his brothers will satisfy the anger in my heart! He hasn't gone far yet. We must pursue and catch them!

許攸
My lord, you mustn't do this. How could an insignificant Liu Bei hope to rival us? You have been always wise. You must think about this carefully.

袁紹
...You are right. The greatest enemy before us is Cao Cao, not Liu Bei or Liu Biao.

今戦うべき相手は曹操!玄徳如き「小物」を相手にしている場合ではないのです。かくして袁紹さん、決戦の時は来たとして、曹操軍との全面対決を決意します。天下分け目の大決戦として歴史に名を残す「官渡の戦い」の始まりです。

・・・が、戦いは袁紹軍の大敗北に終わります。兵力や物量で曹操軍を圧倒していた袁紹軍(演義および本作では7万対70万だが、実際は4万対10万くらいの模様)でしたが、軍師たちの間で内輪もめが起こって混乱。決定的な勝機を逃す中、遂に許攸が袁紹に愛想を尽かして曹操軍に投降。曹操側に重要情報をもたらしたことで一挙に戦局が動き、散々に打ちのめされた袁紹軍は敗走します。史実では袁紹は軍勢の立て直しを図るために支配地である河北に戻り、そこで病死しますが、ドラマでは戦いに敗れた後、再び河北の地を踏むことなく、息子たちや僅かな手勢が見守る中、豪快に吐血して絶命します。ちなみにこのドラマ、吐血シーンが結構登場します。中華的演出なんでしょうか?



なお、袁紹は生前後継者を明確に決めていなかったため、この後兄弟同士で激しい後継者争いが起き、それが直接的原因となって袁一族は滅んでしまいます。隆盛を極めた一族が後継者争いによってあっという間に滅んだ顕著な例として、演義ではしばしば引き合いに出されるようです。

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場面が変わって袁紹軍大敗北の報は玄徳の所にももたらされます。「戦前は70万いた軍隊も生き残った兵の数は百未満」と聞かされれば、玄徳さん達を戦慄させるのには十分です。玄徳さん、呆然としながら関羽達に心情を吐露します。



玄徳
Have you ever heard such a strange tale? Yuan Shao was originally the top warlord of our times. In the blink of an eye, he was reduced to a fugitive on the run. This Cao Cao is both a wicked villain and an ambitious ruler. And a great military commander as well. I don't know if I should call myself fortunate or not to live in the same era as he.

この時点で玄徳さんに付き従う兵達は3000程度。しかも活動拠点すらありません。当初、劉表を頼ろうと考えていた玄徳さんですが、迷いが見えます。

玄徳
I had originally wanted to seek shelter in Jing Province to join forces with Liu Biao and oppose Cao Cao together. However, now that even Yuan Shao's great army of 700,000 is crushed, I don't know if Lio Biao still has the courage to stand against Cao Cao.

関羽
Liu Biao has 300,000 soldiers under his command. Moreover, his great Navy is unmatched by any other. Why would he be afraid of Cao Cao?

玄徳
What's the use of having a large army? Victory and defeat depend on the quality of commanders.

袁紹の大敗北を見れば明白です。たとえ劉表が大きな軍隊を動かせるとしても、それだけでは曹操には立ち向かえないのです。「劉表殿に張飛の豪気の1%でもあれば、曹操に好き勝手はさせていないはずだ」と玄徳さん。果たして曹操と対決する気概が劉表にあるのか?ここは重要です。曹操を恐れるあまり、玄徳さんを捕らえ、その首を差し出して曹操の軍門に下る・・・というシナリオも考えられます。

とは言え、今の玄徳さんに選択の余地が無いのも事実。「臆病者の劉表が頼りにならないなら、どうなさるおつもりですか?」と尋ねる趙雲に対し、玄徳さんは答えます。

玄徳
Even though Liu Biao lacks courage, he is still a lord of virtue and integrity, and an imperial relative as well. Given the circumstances, we have no choice but to seek refuge with Lio Biao and keep looking for an opportunity later.

とりあえず特使を派遣し、自分を受け入れるよう、劉表を説得することにします。結論を言いますと、劉表は玄徳を保護することにします。無論、劉表にとっても簡単な決断ではありません。玄徳を受け入れるということは、あの曹操と敵対する事を意味します。単に「遠い親戚が困っているから」との理由で助けるわけにはいかないのです。

ちなみにここの大役を自ら買って出たのが「孫乾」(そんけん:漢字違いの「そんけん」は沢山います)です。



以前、少し取り上げた「糜芳」(びほう)と同様、初期の頃から玄徳さんに仕えて来た重臣の1人で、ドラマでもちょくちょく顔を出します。彼が劉表を堂々と説き伏せる場面は見応えがありました。面白い英語表現も多く登場しましたので、別の機会に扱うかもしれません。

話を進める前に、劉表さん、および彼の周囲の人物達について少し触れておきます。



荊州を治める当時の有力豪族の1人です。ドラマでも曹操に対抗できる数少ない存在として袁紹と並んでしばしば引き合いに出されます。反董卓連合軍にも参加しており、チラっと映る程度ですが、ドラマの初期でも存在を確認できます。史実では善政を敷き、彼の下で荊州は大いに発展したようです。創作物では好戦的でなく、穏やかな人物として描かれる傾向があるようです。ドラマでは70歳はあろうかという高齢の役者さんが演じられていますが、実際はこの時点で50代だった模様です。演義とドラマでは長子と庶子との間で跡目争いが起きており、玄徳さんはこれにまともに巻き込まれ、暗殺されかけるなど散々な目に遭うことになりますが、そのお陰で徐庶と出会うことになるのは前に述べた通りです。



劉表と正室との間の子で、長男の劉琦(りゅうき)です。本来長兄である彼が劉表の後継者となるはずでしたが、以下で触れる劉表の後妻「蔡夫人」(さいふじん)とその弟「蔡瑁」(さいぼう)の策謀により、追放の憂き目にあってしまいます。史実では若くして病死しており、演義とドラマでも病弱というキャラ付けが強くなされています。ドラマでは劉表に玄徳を保護するよう促したり、暗殺から玄徳を救うなど、死ぬ間際まで彼の味方であり続けました。



左から「蔡瑁」「蔡夫人」そしてその息子の「劉琮」(りゅうそう)です。策謀により、劉琦および玄徳を荊州から追い出すことに成功し、そのまま戦わずして曹操に降伏します。蔡瑁は劉表の第一の腹心として描かれており、軍の指揮権を与えられるなど、かなり頼りにされています。その一方、主君である劉表の発言を途中で遮るなど、不遜な人物としても描かれています。蔡夫人は全てを陰で操る悪女そのものといった感じです。この2名は悪役として描かれていますが、冷静に見ると必ずしもそうではなく、「劉琮を大切に思うあまり、突如現れた部外者である玄徳に過剰な警戒感を抱き、暴走してしまった」と言えなくもありません。なお、彼らの最後は史実と演義では大きく異なります。史実では降伏後、曹操さんに厚遇されたようですが、演義では蔡夫人と劉琮は殺害され、蔡瑁も散々利用された挙句、処刑されるという最後を迎えます。ドラマでは劉琮は殺害こそされませんが、曹操さんに無抵抗で降伏したことを「恥を知れ!」と激しく咎められ、事実上の幽閉処分を課されてしまいます。

話を戻します。孫乾の働きのお陰で玄徳は劉表に招かれることとなりました。玄徳さんの到着を劉表が外で出迎えます。ちなみに左が蔡瑁、右が2人の息子達です。



但し、玄徳は単なる客人として迎えられたわけではありません。近い将来、必ず曹操は荊州に攻め込んできます。玄徳さんに与えられた役割はその防波堤となることです。そのために必要な物資は全て用意させることを劉表は約束してくれます。



そんなある日、劉琦は域内の案内をするため玄徳さんを連れ出します。荊州の豊かさを目の当たりにし、劉表の治世を称える玄徳さん。そして劉琦に感謝を伝えます。孫乾が玄徳の使者として劉表を訪ねた際、蔡瑁は玄徳の受け入れに反対しましたが(孫乾の首を刎ねて曹操に送る事さえ提案)、劉琦が孫乾に助け舟を出したのでした。しかし、これには劉琦の個人的な理由もありました。



顔を曇らせながら、玄徳に不安を打ち明けます。「近い将来、自分は蔡瑁によって殺されるだろう」と。

劉琦
One of these days, I will die by the hands of Cai Mao. My mother died when I was little. After my father was assigned to Jing Province, he married my step-mother, Lady Cai and had a son by her. That is Liu Cong. My father dotes on him, and Lady Cai along with her brother, Cai Mao, have been persuading my father for many years to declare Liu Cong as his heir. The Cai clan is the most powerful clan in the province and most of my father's soldiers are in the control of Cai Mao, his chief commander. My father is already old and unable to keep them under control anymore. Maybe, one of these nights..., I will die an unnatural death. Do you know why Cai Mao was so opposed to your coming to Jing Province? He fears you will upset his plans.

彼の心配事はそれだけではありません。劉表の死後、蔡瑁が曹操に降伏すれば劉琮は排除され、結局荊州は曹操に奪われるかもしれないのです(ドラマではその通りになる)。これに対し、玄徳さんは静かに答えます。「兄を排して弟に家督を譲ることは破滅への道だ」と。「父を説得してくれないか?」と頼む劉琦に「一族の問題に部外者が口を挟む余地は無い」とやんわり断る玄徳さんですが、もしも劉表の方から助言を求められるようなことがあれば、何かは伝えておくと約束します。



一方、蔡姉弟は気が気でありません。劉琦が玄徳と親交を深めつつあるのはもちろんですが、最も恐れるのは劉表が同じ「劉」一族である劉備玄徳にあれこれ相談し始めることです。

蔡夫人
Our lord is already 64. His health is not good. I worry, what if something happens to him? Our family's holdings in Jing Province had better not fall into the hands of another.

蔡瑁
Elder Sister, rest assured. I have provided for that already.

蔡夫人
Aside from that, I have one more wish. You know what it is.

蔡瑁
I do. You've always wanted our lord to declare your son Liu Cong as his heir. However, it's most advisable to go with the flow when it comes to that wish.

蔡夫人
Keep it in mind anyway. Don't let that Liu Bei get involved with the internal affairs of Jing Province. And furthermore, don't let him get in league with Liu Qi.

蔡瑁さん、「シスコン」という訳では無いとは思いますが、蔡夫人に「姉さんのおおせのままに!」といった感じで忠実に従っています。まあ、創作物では良くある設定ですかねw

ところで話が変わりますが、手腕を発揮したり活躍する機会が巡って来ない我が身を嘆く事を意味する有名な熟語に「髀肉之嘆」(ひにくのたん)がありますが、これはこの時期の玄徳さんの言葉に由来しています。ドラマでは数エピソードの内容ですが、史実では玄徳さんが劉表の世話になっていた期間は何と7~8年に及びます。玄徳が劉表に対し、「平和な日々が続き、戦場で馬に乗ることもなくなったので、すっかり足に贅肉がついてしまった」と自虐したという故事によるものです。この場面がドラマで再現されていましたので、取り上げて今回の最後としておきたいと思います。



劉表
You've gained some weight. That gives you a more noble look!
玄徳
Sir, I'm almost fifty. I squander my days not accomplishing my task. I have no land of my own either. All I've gained is this weight around my waist.

「太ったお陰で立派に見える」と劉表さん。本当は玄徳さんを冗談でからかうつもりだったのでしょう。ところが玄徳さん、泣き出してしまいます。「何もできずに年波ばかりが押し寄せる」と嘆息する玄徳を「あんたはまだまだ若い。ワシなんか64だから」と慌てて励ます劉表さん。そして「今日来てもらったのは他でもない。実は大事な相談が・・・」と切り出します。「後継者問題の相談が遂に来たか!」と身構える玄徳さん。と、部屋の外では側耳を建てる蔡夫人の姿が・・・。



今回はこれまで。

参照エピソード : Youtube : three kingdoms english 26, 29, 30 で検索