「玄徳、軍師を識る」の巻 ②   解説(右クリックして保存)

前回の続きです。「玄徳、軍師を識る」から完全に脱線してますが、この調子で行きますw

場面が曹操さんの所に戻ります。相変わらず曹操さん、大声を出して泣き叫んでいます。側近たちが集まっています。「3千の兵を頂ければ、直ちに攻め込み張闓(ちょうがい:殺害グループの主犯)を捕らえて参ります!」と息巻く曹仁さん。これに対して荀彧さん、



What's the point of capturing Zhang Kai? The chief culprit is Tao Qian.

「張闓を捕らえてどうする?真の仇は陶謙だ。」と諭します。そして「閣下はお疲れだから、お前たちは下がりなさい。」と人払いをします。



さて、表向きは最愛の父親を失いしょぼくれている曹操さんですが・・・。



荀彧さん、哀悼の意を表しつつも、「閣下、おめでとうございます。」と驚きの発言。



What kind of nonsense is that? My father has just passed away. What's there to congratulate me about?

「父を亡くした私におめでとうとは何事か?」とムッとして応える曹操さん。無論、これは演技です。曹操さん、内心は「徐州を攻略するチャンス到来!!!」とウハウハ状態なのですが、自分の口からそれを言いだす訳にはいきません。世間はもちろん、部下達にも親の死を利用する不忠義者扱いされてしまいます。だから敢えて上のように言い、荀彧さんに自分の心中を語らせようとしています。また、後のセリフにも登場しますが、曹操さんは荀彧さんの雄弁を愛しており、それを聞きたいとも思っています。

In fortune, there is misery. But in misery, there is also fortune. Fortune and misery are intertwined, and a great opportunity is at hand. Since you took up arms two years ago, you've crushed your enemies with ease and made your name for it. However, you have a difficult problem. Although you control a force of over 200,000, you are confined to Yan Province. In order to fulfill your ambitions, you must seek hegemony over the Central Plains. And the most imporant part of the Central Plains is Xu Province. Therefore, my lord has been pining for Xu Province for a long time already.

これを聞いて、曹操さん、

So, you've figured it out.

「やっぱりお前にはバレてたのね?」と感心します。屋敷の外に聞こえるほど大きな声で泣き叫んでいたのも計算ずくの行為でした。それにより自分の悲しみの大きさを内外へ伝え、これから行う徐州攻略は私利ではなく、あくまでも父親の敵討ちという印象を演出するためです。

ちなみに荀彧さんのセリフに登場する the Central Plains とは中国史で俗に呼ばれるところの「中原」になります。大雑把には黄河の中下流の周辺地域を指します。太古から中国文明がこの地域を中心に発展してきたことから、ある意味中原は天下そのものであり、曹操さんもやがて中原を支配することで後の「魏」の国を創る強力な基盤を得ることになります。

しかしながら、徐州攻略は一筋縄では行きそうにもありません。徐州には陶謙の仁徳に基づく優れた治世が行き渡っています。しかも既に述べた通り、袁紹や袁術といった他の有力豪族も同地を狙っており、うかつに手を出せば彼らの介入を招きかねません。それでも荀彧さんは侵攻強くを勧めます。

Tao Qian himself ordered his subordinates to murder your father. On top of that, his honesty and kindness approach stupidity. How can such a man deserve to own Xu Province? Xu Province is a strategic location in the Central Plains. The Yellow River is within its grasp and Mount Tai its sight. With it, you shall have the world in your hands! The Heavens are delivering Xu Province to you, my lord, as if delivering a flag to a blowing gale and a precious sword to a sheath. My lord, what are you waiting for?



荀彧さんの熱弁を聞き終えた曹操さんの表情。嬉しさを真顔を作って必死でこらえている感じでしょうか?

Xun Yu, listening to you is like sampling fine wines. One cannot help but be intoxicated. It is sheer pleasure.
荀彧、お前の言葉に耳を傾けるのは上物の酒を味わっているかのようだ。酔わずにはいられない。正に悦楽だ。



そして遂に耐えきれず、「ニャハハーッ!」と破顔します。荀彧さん、更に献策を続けます。まず、徐州侵攻の許可を献帝から賜ること。そしてこれを盾に他の諸侯に文書を送り、ちょっかいを出さないよう牽制することです。「俺は今悲しみに打ちひしがれていてそれどころじゃないから、お前が書いてくれよ」と荀彧さんに頼む曹操さんですが・・・。



何と荀彧さん、既に書状を用意してましたw 何と言う有能さ!しかしながら、あまりに有能過ぎるのも逆に問題だったりします。特に自分の考えをズバリ読んでしまうような部下はかえって危険視されかねません。

ここで少し話を脱線させます。「能ある鷹は爪を隠す」と言いますように、真の天才はその才をひけらかさず、むしろそれを他人に気付かれないようにします。それを己のモットーにしているのがあの「司馬懿仲達」(しばいちゅうたつ)です。晩年の諸葛亮孔明と戦ってこれを退け、後に「魏」(曹操の長男の曹丕が漢を滅ぼして建国)に続く王朝「晋」(しん)の礎を築くことになる英雄です。





上がドラマの、下がNHK人形劇の仲達さん。ドラマでは赤壁の戦いにおける曹操軍大敗直後のタイミングで登場します。個人的にはどうしても人形劇での仲達像の印象が強いので、初登場時は「誰だ?このボサボサ頭のおっさん?」という感じだったのですがw 但し、容姿に無頓着というだけでなく、相手を侮らせる意図もあるのかもしれません。そしてドラマの後半では何と孔明ではなく彼が主役になります。ドラマでは彼は異様なまでの野心家でありながら、それを微塵も見せようとせず、加えて目的達成のためなら何年でも待ち続けることができる尋常ではない忍耐力の持ち主として描かれています。ドラマでは彼は次のような言葉を残しています。「能ある鷹は・・・」の1つの英訳例でしょう。

The truely clever one should be the one who can conceal his intelligence.

さて、上で述べた通り、有能過ぎる人物はかえって危険視される場合があります。この点に関わる有名なエピソードに触れて今回は終わりたいと思います。

場面が戻って、献帝の許可を得た後、間髪入れず出撃する曹操軍。今回は様子が違います。戦の定石では「前衛」「本営」「後衛」を設置し、その上で出撃しますが、今回は準備無し。全軍を前衛とし、一気に攻めるようです。曹仁さんが「こんな事は初めてですが何故です?」と曹操さんに質問します。



曹操さん、冗談を言っておどけてみせます。

That's because things are different this time. I want to avenge my father. I'm burning with rage and have lost my reason. I'll give anything to get there immediately. We will strike fast and take Xuzhou in one blow.

一気に攻め落とせないと面倒になる恐れがあると曹操さん。ここで荀彧さんが「割り込み」(ここ重要!)ます。既に述べた通り、曹操さんは袁紹らに介入しないよう書状を送りました。陶謙も袁紹ら援軍を求めています。特に曹操さんが恐れるのは最大勢力である袁紹さんの介入です。但し、袁紹さん、決断力の弱さに定評(?)があります。

Given Yuan Shao's disposition, he will hesitate for a few days, pondering if he should assist Tao Qian or remain neutral. In the meantime, we will conquer Xuzhou and make it an accomplished fact.

仮に袁紹が介入してきても、「時すでに遅し」となるよう徐州支配を既成事実化してしまおうという算段です。曹操さん、「自分よりも上手に説明できる」と荀彧さんを称えます。

Listen to how well Xun Yu puts it. He puts it even better than I do.

しかしながら荀彧さん、出過ぎた真似をしたと感じたのか、「自分は傍で色々学んできたからであって、所詮は閣下の足元にも及ばない」と曹操さんを持ち上げます。曹操さんは全く気に掛けていないようですが、これはあくまでも荀彧さんを心から信頼しているからです。ところがずっと後にある事件が起きます。

曹操さんの部下に「楊修」(ようしゅう)という男がいました。



大変知恵のまわる男であり、曹操さんが漢字を1つ示すだけでその意図をくみ取ってしまうほどでした。それ故に曹操さんにかえって疎まれ、機会があれば処刑しようと思われてしまいます。仲達さん、曹操さんの長男の「曹丕」(そうひ:後の初代魏皇帝)から彼の話を聞かされ、次のように述べています。

He's indeed clever. And a man who is that clever will not live for long. He thinks too highly of himself and keeps revealing His Excellency's thoughts. Don't you think such a subordinate is a threat to His Excellency? No lord wants a subordinate who completely doesn't understand his intentions, or a subordinate who can completely see through his thoughts. A lord will hate the latter even more.

君主の権力の源はその思考や行動の予測不可能性にある。もしそれらを全て読んでしまう部下がいれば、君主は単なる案山子になってしまう、という訳です。そして仲達さんの予測は当たります。217年(上の徐州攻略は193年頃)、「漢中」と呼ばれる地域を巡り、曹操軍と玄徳軍が激突します。一連の戦闘は「漢中の戦い」と呼べるものですが、特にその中の「定山軍の戦い」(玄徳軍が敵の総大将を討ち取るなどの大勝利)が有名です。この時点で玄徳さんはほぼ一国と呼んで差し支えないほどの勢力(後の「蜀」の国)を築いており、曹操軍は大苦戦を強いられます。戦闘継続か撤退か?悩める曹操さん、食事中に料理を見ながら「鶏肋」(けいろく)という言葉を呟きます。鶏肋は文字通り「鶏の肋骨」のことであり、その使い道(スープの出汁などには使えるが、腹を満たすことはできない)から中国では「あまり役に立たないが、捨てるには惜しいもの」を意味します。これはその時点での曹操さんの本心が思わず漏れたものなのですが、これが楊修さんの耳に入ってしまいます。彼は「鶏肋=漢中」であり、「放棄するのは惜しいが、ここは撤退するのが得策」と解釈し、兵士達に撤退の命令を勝手に発します。



「ほんとかよ?」という表情の隊長さんですが、撤退準備を始めます。



兵士達の慌ただしさに何事かと出てきた曹操さん。話を聞いて激怒します。当たり前ですw

Arrest him at once and behead him before all!

「直ぐに捕まえて皆の前で首を刎ねろ」と問答無用で処刑命令を出します。その場に居合わせていた仲達さん、兵隊長に呆れ顔で皮肉を言います。

仲達
Congratulations.
兵隊長
Wh ... why?
仲達
Your head is still attached to your neck. As a commander, how could you ignore your Prince and listen to Yang Xiu? Your head is safe, but not very useful.

仲達さんが曹操さんを Prince と呼んでいるのは献帝を脅して自分を皇族に加えさせていたためです。なお、戦闘を継続した曹操軍は結局敗北し、損害を広げて漢中を放棄することになります。演義では曹操さんは楊修さんの正しさを認め、後に遺体を手厚く葬っています。この件は史実に近いらしく、楊修さんの判断で曹操軍は撤退します。彼はその後、別件で処刑されたようです。

今回はこれまで。

参照 : Episode 11