「玄徳、軍師を識る」の巻 ①   解説(右クリックして保存)

三国志という物語を語る上でやはり欠かせないのは「軍師」の存在です。英語では一般的に military strategist といった訳(=軍事戦術家)が割り当てられています。もっとも、彼らの本当の仕事を考えた場合、彼らを「軍師」という言葉1つで括(くく)ることは不可能です。例えば三国志の英雄の1人である呉の周瑜(しゅうゆ)は軍師というよりも将軍に近く、あの諸葛亮孔明も実際は大臣のような役職に就き、内政にも深く携わっています。ただ、ここでは便宜上「軍師」という言葉で彼らを表していくことにします。

そして張飛や呂布のような猛将同士の対決もさることながら、軍師たちの駆け引きも物語に華を添えています。三国志の物語には数多くの軍師が登場しますが、言うまでも無くその筆頭は「伏竜」(ふくりょう)こと諸葛亮孔明です。もっとも、小説や漫画で良く知られた彼の超人的な采配はほぼフィクションであり、実際の活躍は遥かに地味だったであろうことは容易に想像できます。

それはともかく、ドラマは演義を原作としているだけあって、ファンでなくとも名前を一度は聞いたことがあるような名軍師たちが多く登場します。実際、私の印象では、このドラマの大きな特徴の1つとして軍師にかなりのスポットライトが当てられている点が挙げられると思います。これは主役の曹操、劉備、孫権だけでなく、脇役である袁紹や呂布といった勢力も例外ではありません。ここで何度も扱ってきた陳宮さんも第一部における主役級の扱いであり、武将と軍師を同格に扱おうという制作側の意図は明白です。

今回のエピソードの主役は軍師の1人、徐庶(じょしょ)さんです。



演義では「単福」(ぜんふく)という偽名を使っています。これは友人の敵討ちの手助けをして追われる身となったためであり、実話に基づいているようです。この徐庶さんですが、物語では大変重要な3つの役割を当てられています。1つは劉備玄徳にとって事実上、初の軍師であること、2つ目は玄徳に軍師の重要性を悟らせたこと、3つ目は玄徳を孔明に引き合わせるきっかけを作ったことです。

早速ドラマ内での徐庶さんの活躍を紹介していきたいところですが、その前に各陣営の軍師達を見て行きたいと思います。

① 曹操軍

ドラマの初期の頃から登場するのは以下の3名です。



左から荀彧(じゅんいく)、程昱(ていいく)、そして郭嘉(かくか)です。いずれも優れた献策で曹操の覇業を初期から支えた重臣たちですが、私の印象では日本では郭嘉の人気が圧倒的な気がします。これは幾つか理由があると思われます。まず、最も若い彼が一番早く病気で亡くなったこと(享年38)、曹操に将来を大変嘱望されていたこと、そして彼がもしも生きていたら「赤壁の戦い」の結果は全く違ったものになっていただろうと想像できることです。これに加え、おそらくですがNHK人形劇の三国志の影響が大きいのではないかと思われます。

ドラマでは荀彧さんの活躍ぶりが圧倒的です。彼は晩年こそ曹操さんと対立し、悲劇的な最期を迎えるのですが、初期から亡くなる回までほぼ出ずっぱりであり、主君と部下の関係でありながら親友同士とも言える固い絆で結ばれています。実際、曹操さんと荀彧さんの会話(場面はとても多い)は機知に富み、ドラマ内での見せ場となっています。逆に郭嘉さんは目立った活躍が描かれることなく、いつの間にかいなくなってしまいます。その死に言及されてたかさえ、記憶にないです。ところがNHK人形劇では違います。



人形劇での郭嘉さん。ちなみに声は後に孔明も担当することとなる森本レオさんでした。

荀彧さんはその名前だけは初期に登場しますが、実際に「人形」が登場したのは彼が死ぬ回であり、時間にして5分に及びません。(そのためだけに彼の精巧な人形を用意したのは驚きなんですがw) 一方、郭嘉さんの名軍師ぶりは最初から際立っており、臨終の際も曹操さんに最後の献策をし、感謝の気持ちを伝えながら絶命するなどドラマチックな描かれ方がされました。死ぬ数エピソード前から彼の会話中に咳を入れる演出がなされており、「郭嘉死ぬんじゃね?」と学校の教室で話題になったのを思い出します。私と同世代の人の間ではこの郭嘉像の印象が強いため、悲運の英雄として人気なのではないかと思われます。

話を戻します。上述の通り、曹操さんと荀彧さんの会話は機知に富み、非常に面白いのですが、その一場面を紹介します。以前少し触れた通り、徐州と呼ばれる土地で曹操さんの父親が殺害される事件が起きます。ここで背景をもう少し詳しく解説します。

董卓が献帝を後ろ盾にして権勢を欲するがままにし、それに対抗すべく、各地の有力豪族らが集結して反董卓連合軍を結成したことは既に触れた通りです。もっとも連合軍といっても名ばかり。互いに信頼関係は無く、董卓を討つことなく瓦解します。ところがその董卓も息子の呂布により殺害され、事態はほんの一時的とはいえ落ち着きをみせます。その後、「兗州」(えんしゅう)という地区に地盤を構えていた曹操さんは父親の曹嵩(そうすう)を兗州へ呼び寄せようとします。そして曹嵩さんが旅の途中、徐州に立ち寄った際、事件が起きます。当時の徐州の牧(=地方長官)は陶謙という方でした。



このお爺さんが陶謙さん。登場時から病床にあり、ほとんど死にかけています。実際、この後直ぐに他界します。陶謙さん、ここで曹嵩さんを手厚くもてなせば、将来有望な曹操さんとのコネができると考え、曹嵩さんを歓待することにします。陶謙さん、自分の息子との会話で苦しい胸の内を語ります。

陶謙
I must go personally to welcome him.
息子
Father, you are seriously ill. You don't have to go welcome him. Let me do that on your behalf.
陶謙
But he is Cao Cao's father. How could I not give him a personal welcome?
息子
We do not have any dealings with Cao Cao. It will do if we just treat him with courtesy. Why must we give him such special treatment?
陶謙
Do you really think I am willing? I have no choice at all. Son, Xuzhou is a land threatened on all sides. Everyone is after our land. Besides, our army is small and our commanders are inexperienced. We cannot afford to offend any of the lords.

徐州は当時、大変豊かな土地だったことに加え、地理的にも極めて重要な位置にありました。袁術、袁紹、曹操ら有力豪族たちの地盤に囲まれていたのです。つまり、徐州を支配すれば敵対勢力への攻撃基盤を手に入れることになり、誰もが隙あらば徐州を奪ってしまおうと考えています。その中でも曹操さんを最も危険視している陶謙さんは彼と友好関係を結ぶことで徐州の平和を保とうとしているわけです。

しかしながら、これが最悪の事態を引き起こしてしまいます。皮肉にも陶謙さんが曹嵩さんを警護するために送った兵士達が金品を奪うために曹嵩さんを殺害してしまいます。殺害の理由は幾つか説があるようですが、少なくとも事件そのものは史実のようです。演義では「この兵士達が元は黄巾党に属していたことから陶謙からの待遇が悪く(=出世の見込みが無い)、その不満が爆発して強盗行為に至った」となっています。

彼らの強盗前の会話がなかなか物騒ですw



曹嵩さん一行の宿泊場所。「よし、寝静まったな。」といった感じでニヤリと笑う警備兵のリーダー。俳優としては善人よりも悪人を演じる方が楽しいんでしょうねw



リーダー
Brothers, we were all Yellow Turbans once. Though we joined Tao Qian, we have not been valued by him. I think other than dying for him on the battlefield, we won't be able to achieve much.
部下A
You are right, boss.
リーダー
Whatever the consequences are, let's just kill Cao Song and grab his money, and head over to Mount Wufeng to become bandits and have some good times.
部下B
Sure. That's good. Let's go!

曹嵩さん、連れて来た使用人らと一緒にあっさり殺害されてしまいます。ちなみに曹嵩さん、殺害シーンさえ省かれてしまいました。(使用人達の惨殺シーンはしっかり描かれていますw) その知らせは息子である曹操さんのもとに直ぐ届けられます。



Father! How could you have just died like that?
父よ!こんな死に方をするなんてあり得んだろ!

曹操さんの慟哭は屋敷の外まで聞こえます。



一体何事か?と屋敷に入って来た荀彧さん。曹仁さんが泣きながら答えます。



曹仁
We just receieved news that the Old Master was killed by bandits.
荀彧
I heard Tao Qian had sent his personal troops as an escort. How did he end up getting killed by bandits?
曹仁
The murderers were the same troops that were supposed to escort him.
荀彧
How can that Tao Qian be so foolish? He is so incompetent he can't choose right men and control them, and ended up making this terrible mistake..

曹仁さん、「あなたの言う事にはいつも耳を傾けるから」と曹操さんを慰めるよう荀彧さんに頼みますが、「まあ、もうちょっと泣き叫ばせておこう」と立ち去ってしまいます。

ところで陶謙さんの元にも曹嵩殺害の知らせが届きます。この事件が意味することの重大性を誰よりも分かっている陶謙さん、あまりのショックに白目を剥いて卒倒しそうになります。



曹操と友好関係を結ぼうとしたことが完全に裏目に出たと嘆きます。



陶謙の息子さん、「父上の罪は人選を誤った点だけ。兵士達を捕らえて曹操に首を差し出し、賠償金を払って謝罪すれば分かってもらえます」と必死でなだめます。これに対し、陶謙さん、「お前は曹操がこう言ったのを知らんのか?」と例の名言を引き合いに出します。(陳宮さん・・・・w)

Have you heard this saying? "I'd rather betray the world, than to have the world betray me."

息子さん、これを聞いてギョっとします。私にはこれだけ聞かされてもあまりパッと来ないんですが、要は道理が通じる相手ではないということを息子さんも一瞬で悟ったのでしょう。曹操は今回の件を口実に必ず攻めて来ます。「パパ、どうしよう!?」と慌てる息子に対し、陶謙さん、各地に派遣中の全軍を引き上げさせるよう指示します。それだけではありません。この辺が彼の老獪さというか、抜け目の無さなのでしょうか?息子にもう1つの指示を出します。

There is one more thing. If Cao Cao turns out in full force, our strength alone will not be able to withstand his attacks. I will write a few letters at once. Take them and go posthaste to see Yuan Shao, Yuan Shu and Gongsun Zan.

同じく徐州を狙っている袁紹、袁術、公孫瓉(こうそうさん)に援軍を求める算段です。「連中に兵を出してもらうのは危険じゃないですか?」と心配する息子に陶謙さん、理を説きます。

Precisely because they all covet our land, they will not allow it to fall into Cao Cao's hands.

既に述べた通り、徐州は戦略的に重要な拠点です。ここを曹操に奪われることは付近の大地域「中原」に覇を唱える他の豪族達にとって大問題なわけです。

Tell them, whoever manages to convince Cao Cao to withdraw and resolves the matter peacefully, I will send them an annual tribute of 200,000 rations of provisions, until the end of my days.

助けてくれたら自分が死ぬまで毎年貢物を送るとも伝えろと息子に言います。ちなみに陶謙さん、この後1年もしない内に病死しちゃうんですがw


果たして徐州の運命は!? 今回はこれまで。

参照 : Episode 10 Episode 11