「たとえ天に背こうとも・・・」の巻 後編   解説(右クリックして保存)


話も遂にクライマックスです。誤解とはいえ、無実の、しかも恩人達を虐殺するという大罪を犯してしまった曹操さんと、半ば巻き添えをくらった陳宮さん。「何の罪も無い者達を殺してしまった!」と嘆き、激しく取り乱す陳宮さん。ちなみに大体は曹操さんが殺ったのですが、陳宮さんも確認できる限りでは2名ほどシャーしてしまいました。内心、「義理立てとか余計なこと考えず、黙って見てりゃあ良かった・・・」と後悔していたのかもしれません。これに対し、

What is done is done. Grieving about it is pointless.

その通りです。済んでしまったことはしかたないんです。となるとやるべき事はただ1つ。伯奢おじさんが帰って来る前にトンズラです。

ところで「覆水盆に返らず」という有名な諺も中国に起源があるのでした。英語では以下のように訳されます。高校時代に「動名詞」を学習中、動名詞を利用した慣用表現が使われている文だったので、結構印象に強く残っています。(別紙解説参照)

It is no use crying over spilled milk.



2人で馬を引っ張りながら、再び逃亡者の身に。ちなみに「何故馬に乗って逃げないのか?」と思ったりしましたが、長旅で馬が疲れていたのかもしれません。「どっちの方角に逃げましょう?」と陳宮さん。すると何か音が近付いてきます。その正体とは・・・。



案の定、伯奢おじさんでした。酒を買って街から帰ってくる途中に出くわすという、お約束の展開はさすがです。それと同時におじさんの死亡フラグも立ってしまいました。「迷惑かけるから、やっぱり出発します!」と伝える曹操さんですが、「良い酒も手に入った。今夜は絶対に泊まっていけ!」と引き留められます。



それを聞いた曹操さんの「もう殺るしかないな」という覚悟の表情。ところで曹操さんが真面目な顔をすると不安な気持ちにさせられるのは何故でしょうか?



「何をそこで黙ってつったんとるんじゃい?」と何の疑いも無く、無防備で近付いて来る伯奢おじさん。



その腹に曹操さん、無情にも刃を突き立てます。



信じられない!という表情を浮かべる伯奢おじさん。



信じられない!という表情を浮かべる者がここにも約1名。



背中からバッタリと倒れるおじさんを見て、曹操さんもさすがにこの表情。でもこれだけでは終わりません。まさに返す刀で・・・



伯奢おじさんを背に乗せて来た愛馬ならぬ愛ロバを・・・



バッサリ切り殺します。何故殺したしw

この曹操さんのロバ殺害行動は考察に値しそうです。私が思うに「このまま生きていても狼に喰われるか、良くて野垂れ死にするだけだ。ならば一思いに殺して主人の後を追わせるのがせめてもの情け」という考えだと思われます。



「我々の恩人を殺すなんて、あの呂布と変わらないじゃないですかー!」と 陳宮さん、すっ飛んできて曹操さんを非難します。いきなり例えとして引き合いに出された呂布さんですが、彼はその武勇と同じくらい、「父殺し」(厳密には養父殺し)でも有名です。呂布は最初は丁原という名の豪族に仕えていましたが、後にこれを裏切って殺害し、董卓に仕えることになります。ところが今度はその董卓を裏切って殺害することになります。丁原との間に養父子の関係が実際にあったのかは不明ですが、演義ではそのように描かれています。察するに、己の利益のためなら平気で人を裏切る残忍な呂布の性格を強調するための創作ではないでしょうか?



「んな事、お前に言われんでも分かっとるわい!」と曹操さん。そして陳宮さんというよりも、自分自身を納得させるためであるかのように次のように弁明します。

Precisely because we've already killed innocent people by mistake, we can't leave him alive. Think about it. If Lu Boshe went home and saw that we had slaughtered his entire household, how shocked and furious would he be? Then he would bring others to hunt us down. Only by killing him, we will avoid more trouble.

曹操さんの主張は全く合理的で、文句のつけようがありません。 だからこそ、陳宮さんもやり場の無い怒りを曹操さんにぶつけるしかありません。「そんなことで世間に顔向けできるのですかっ?!」と噛み付く陳宮さんに曹操さん、究極渾身の一言。



I would rather betray the world than let the world betray me.

would rather 自体は願望を控えめに伝える表現なのですが、曹操さんが言いたかったことは、「自分が天に背くことがあっても、天が自分に背くことは絶対に許さぬ!」だと思われます。



そして「グヘヘ」と笑います。いい笑顔です。



一方、陳宮さんの得意のビックリ顔。というか、怒りを通り越し、驚き呆れた果てた表情と言えるかもしれません。あるいは「この男の本性を見てしまった・・・」という想いでしょうか。ちなみに上の言葉は「曹操はこんな事を言ったらしい」といった具合にドラマでこの後、何度か引き合いに出されます。実際、玄徳さんが曹操さんの性格に言及する際、このセリフを引用する場面があります。この発言を生で聞いていたのは陳宮さんだけです。つまり、曹操さんと別れた後、「あいつはこんな事を言ってたぞー」と行く先々で彼が言いふらしていたことになりますwww

ところで陳宮というキャラクターが原作の演義の中ではどれくらい掘り下げられているかは不明ですが、少なくともドラマでは曹操という三国志の主役の1人の性格を際立たせるための引き立て役を与えられているのは明らかと思われます。誠実で真っ直ぐな気質の陳宮さんに対し、曹操さんは目的を達成することが正義であり、その過程における邪道は必要悪だと割り切っています。曹操さんは必ずしも悪人ではありませんが、それでも一貫として「モンスター」として描写されています。また、そういう曹操さんだからこそ、ファンも多いのかもしれませんね。

この後、曹操さん、伯奢さんの遺体をその場で燃やして弔おうとします。いや、もしかしたら証拠隠滅のつもりだったのかもしれませんw すると突然・・・。



これこそ「青天の霹靂」。青天の霹靂(中国の故事に由来?)とは青空から降ってくる突然の雷のことで、そこから予期せぬ知らせや出来事を表すわけですが、英語でも out of the blue という有名な表現があります。blue は blue sky の事です。別紙で解説しますが、言語が違えど発想が全く同じというのは面白いですね。



雨も降ってきました。「仕方ないから、おじさんの屋敷に戻ろう」と曹操さんが提案します。死体が散乱してますし、あの場所にまた戻るというのはどうなんでしょうか。ただ、ここでも曹操さんの主張は筋が通っています。

You don't need to get emotional. The dead cannot be brought back to life, yet those who live still shoulder a great burden. He had already prepared things to eat and drink. If we don't go back, doesn't it mean he died in vain?

全くその通りですので、陳宮さんも返す言葉がありません。ただ、「それを曹操、お前が言うか?!」とやはりツッコミたくなります。



2人で屋敷へ戻ってきました。囲炉裏のそばで暖をとります。ある意味、何の憂いも無く、ようやくリラックスできる状況になったと言えます。伯奢おじさんの遺体も運んできました。



そして曹操さん、おじさんに別れの言葉をかけます。

Uncle, it wasn't I who killed you. It was this era of chaos that did. Your kindness, your benevolence, I'll remember these for as long as I live. How I'll miss you! I promise to avenge this injustice done to you.

要は「あなたは(私にじゃなくw)時代に殺された。仇は必ずとる」と言ってるんですが、「あんたのような厚顔無恥は聞いたことが無い」と陳宮さん、もはや投げやりになってます。泣きそうな顔になっているのも印象的です。



「さて、弔いは済んだし飯にするか!」と曹操さん、囲炉裏に掛けていた鍋へと向き合います。



例の剣を使ってかき混ぜてるんですねw



I haven't had meat in a fortnight.

「肉を食うのは2週間ぶりだ」と曹操さん。簡素な肉スープのようですが、肉汁タップリで美味しそうです。私も涎が出てきました。ジュルル・・・。肉の正体は例の子豚ちゃんでしょう。ちなみに fortnight は「2週間」を意味する単語です。2週間を意味する単語をわざわざ作らなくても良い気もしますが、単に 「14夜=fourteen nights」という発想のようです。



陳宮さん、曹操さんにも鍋にも背を向けてムッとしています。曹操さん、「私に付いてきたことを後悔しているのか?」とストレートに問いかけます。「あの時、私の首を刎ねて、董卓から小遣いをもらえば良かったろうに。」 今度は俺の番だと言わんばかりに曹操さんが皮肉ります。これに対し、陳宮さん、いきり立ちます。「俺はあんたを英雄と信じたからこそ、地位も家族も捨てたんだぞ!」



これに対し、曹操さん、また「ウヘヘ」と笑います。そして語ります。「裏切り者ほど誠実を装い、大嘘ほど真実に見える。何が嘘で何が真かは見た目では分からないのだ」と。

The greatest falsehood always comes across as truth. You can't tell what is right and what is evil by appearances.

そして更に続けます。ちなみに以下の発言も曹操さんの性格や価値観を象徴するものとして、この後もドラマで何度か登場しています。

Perhaps yesterday you decided wrongly about me. Perhaps today you misjudged me as well. However, I remain myself. I've never cared about others misjudging me.

この後、結局陳宮さんも肉スープを食べたのかどうかが少し気になりますが、場面は夜中に飛びます。



曹操さん、いびきをかいて寝ています。ちなみに曹操さんに関わる面白エピソードは挙げていたら暇(いとま)が無いんですが、その内の1つに「曹操は寝ながら人を殺せる」というのがあります。これは別の機会に取り上げられたらと思います。

一方、陳宮さんは悶々として眠れていないようです。そして何か思い立ったように



ガバッと身を起こします。「無実の人間をあんなに殺しておきながら熟睡している。こいつ本当に人間か?」と心の中でつぶやきます。そして陳宮さんの頭を巡ったのはあの曹操の I would rather betray the world の言葉。この男は董卓よりも遥かに危険で恐ろしい。きっと世に災厄をもたらすだろう。


だったら俺がここでシャーしとくか



寝ている曹操さんの胸に突き立てようと剣を抜きますが・・・。

I just saved him yesterday, and today I'm killing him. Am I right to do this? Wouldn't that make me a fickle person?

fickle は「移り気な」「気まぐれな」を意味します。日本語の「ぶれやすい」に近いでしょう。「そういう人間ではいたくない」と思い直します。その代わり、剣を曹操さんの枕元に突き立て、静かに立ち去ります。これは分かり易いジェスチャーです。

I could have killed you if I had meant to.
俺がその気なら、お前を殺せたぞ。

「お前は生かされたのだということを忘れるな」という陳宮さんのせめてもの意地です。



翌朝、目を覚ました曹操さん。突き立てられた剣を見て少し驚きますが・・・。



If you wanted to kill me, you should have just done it. Why hesitate and make yourself miserable?

「ヘッ」と陳宮さんの行為をあざ笑いながら立ち去ります。


この後ですが、曹操さんは故郷へ戻り、董卓打倒のため挙兵して、袁紹率いる反董卓連合軍へ参加することになります。後の宿敵となる劉備玄徳ともそこで出会うことになります。一方、陳宮さんはほとぼりが冷めるまで身を隠しますが、やがて友人の王允(前編参照)のコネをつたって呂布と出会い、その参謀として曹操さんの前に立ちはだかることになります。

ところで伯奢おじさん惨殺のエピソードは驚くことに史実らしいです。演義では曹操という人物の性格付けに利用するため、かなり脚色されていると思われます。


前中後編に分けてお伝えしてきた「たとえ天に背こうとも・・・」は今回で終わりですが、次回で番外編的な話をお送りする予定です。


参照 : Episode 3