「たとえ天に背こうとも・・・」の巻 中編   解説(右クリックして保存)


前編と後編の2部構成のつもりでしたが、想定よりも内容が大きくなってしまったので3部構成にしました。今回は中編をお届けします。

さて、董卓暗殺に失敗し、逃亡するも敢え無く逮捕された曹操さん。牢獄に入れられ翌朝の処刑を待つばかりの身となりました。その晩、陳宮さん、物凄いドヤ顔でやってきます。



ところで陳宮を演じた俳優さんは中国でも名の知られた方なのでしょうか?特に顔芸が素晴らしいです。誠実ながら自信家であり、短気でありながら、かと言って思考と行動が容易に感情に左右されない理知的な役柄を見事に演じたと思います。ドラマは百話(週1ではなく数か月かけてほぼ毎日一挙放送)近くあり、呂布が倒れるまでが第1部なのですが、陳宮さんは第1部の準主役扱いです。wikipedia で演じた俳優さんの情報が見られないのが残念です。

これに対し、曹操さんのウンザリした表情が印象的。



昼間に散々悪態をつかれたので「もういい加減、ほっといてくれ」という感じでしょうか。陳宮さん、曹操に尋ねます。「あれだけ厚遇されて、何故董卓暗殺を謀ったのか?」と。これに対し、曹操さん、次のように切り出します。

How can a sparrow know of the swan's ambitions?

最も有名な中国の諺の1つでしょう。「燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」です。「小物(小さな鳥)に大物(大きな鳥)の志は理解できない」という意味ですね。陳宮さん、「それなら小物の私にでも分かるよう、大物のあなたの志を教えてくれ」と皮肉を言ってきます。「面倒くせえなあ」と内心で思いつつ、思いの丈を打ち明ける曹操さん。どうせ翌朝処刑ですから、失う物は何もありません。

自分の一族が漢から何世代にも渡って恩恵を受けてきたこと。その恩義に報いなければ、自分は獣と変わらないこと。逆族を討つ者こそが真の勇者であること。漢の栄光を取り戻し、乱れた世に平和をもたらして人々を救うには董卓を殺すしかないこと。そのために卑屈を装い、暗殺の機会を待ったこと。

この時点ではまだ曹操さんの中には漢皇室への忠誠心が見られます。己の志を淀みなく、とうとうと語る曹操さんに陳宮さんは・・・。






You are truely an outstanding man without peer, a hero of insight and courage!



「その志に感服いたしました!」と跪きます。これには曹操さんも飛び上がるほど驚きます。そして日中にとった自分の態度を謝罪します。

There were many eyes and ears in the hall. I had no choice but to humiliate you a bit.

昼間は周りに人が大勢いたので、ジェスチャーだったと弁明します。ちなみに

Let's say we're even for what you did to me two years ago.

とも付け加えているので、2年前の出来事を根に持っていたのは間違いないようですw

陳宮さん、自分も董卓を憎み、ずっと殺したいと思っていたことを打ち明けます。故に失敗したとはいえ、暗殺計画を実行に移した曹操さんを「あなたの勇敢な行為は永遠に語り継がれる」と称えます。

これに対し、曹操さんの言葉は意外なものでした。

To be honest, I already regret my assassination attempt. I ought to have rallied brave souls and organized a militia to fight the traitor. I could have saved the realm and the people. I could've accomplished something noble and spectacular. That's what I should have done. But it was the more difficult path. And what did I do? I chose the easy way, ignoring the bigger picture.

「大局を見ず、暗殺という安直な手段を選んでしまい、その結果、自分は単なる暗殺者に成り下がってしまった。あれは愚か者の蛮勇だった。」と自虐します。もっとも、暗殺未遂事件は曹操さんにとって大きくプラスに働いていくことになります。「あの董卓を殺害しようとした男」ということで曹操さんの名前は天下に轟き、この後、国の行く末を憂う優秀な人材が彼を慕って数多く集まってくることになるからです。

陳宮さん、ますます感銘を受け、今後どうするつもりか?と曹操さんに尋ねます。どうするもなにも、この時点で曹操さんは陳宮さんに捕まっている状態ですので、彼がこの質問をするのもちょっと間抜けな感じがしますw それはともかく「故郷に戻って勇士を募り、漢の御旗の下に挙兵する」(皇帝が董卓の手中にある以上、この行為は漢に対する反乱扱いされる恐れがある)と決意を述べる曹操さんに陳宮は自分も連れて行って欲しいと伝えます。

曹操
I'm all alone now. But you have parents, a wife and children. What will you do about them?
陳宮
I'll just pretend that they never existed.
曹操
You are an outstanding man withou peer, a noble soul that moves the very heavens.



家族を捨てる覚悟で曹操さんに付いて行く意志を伝えます。裏切り者の一族は皆殺しにされるのが当たり前の時代でしたので、これは並々ならぬ決意です。互いに深々と頭を下げ、盟友の契りを交わします。

そして二人で逃亡します。



そして道中、連れションします。(///ω///) イヤンwww 今となっては古い考え方だと思いますが、連れションという行為には男同士が友情を結ぶ、あるいは確かめ合う意味合いがあります。その起源が中国の三国志にあったことを今回初めて知りました。(嘘ですw)



草原に寝そべって仲良く語り合います。この2人が後に激しく対立することになるなど全く想像できません。ここで二人の会話を借りながら、少し歴史的背景に触れておきたいと思います。

陳宮さんが平陽で「袁紹」(えんしょう)が反董卓軍を結成したことに言及します。



袁紹さんは袁術さんと同じく名門袁一族の末裔の1人であり、袁術さんの従兄(異母兄との説も)にあたります。但し、同族でありながら袁術さんとは仲がかなり悪かったようです。袁紹さんはずっと後に「赤壁の戦い」と並ぶ天下分け目の決戦「官渡の戦い」(西暦200年)で曹操軍に大敗し、「天下を取り損ねた男」として有名だと思います。史実では善政を敷き、民に慕われていたようですが、ドラマでは決断力に欠ける愚鈍な君主として描かれています。

「とりあえず袁紹の下に身を寄せて、次の手を考えてはどうか?」と提案する陳宮さんに対し、曹操さんは「今行ったところで重要な役割は与えられないだろう」と答えます。そして

On top of that, I don't think Yuan Shao is a worthy leader.

と袁紹を切り捨てます。そして袁紹との過去の関わりを苦々しく語り始めます。前話で「十常侍」を巡る話に触れましたが、当時の状況をもう少し詳しく解説すると、「何進」(かしん)大将軍が率いる軍部と官僚である十常侍が皇帝の世継ぎ問題を巡って激しく対立していました。前回解説した通り、ドラマは董卓が権力を掌握したところから始まっているため、何進本人は登場せず、会話の中で名前が言及されるだけになっています。

何進は元々はただの平民だったのですが、妹が当時の皇帝の霊帝の側室となったことから採りたてられ、何故か大将軍の地位まで昇り詰めてしまったという異色の経歴の持ち主です。演義では平民上がりで何の才覚も持たない無能な人物として描かれていますが、史実では元平民ということもあってか気さくな人物だったらしく、部下には慕われていたみたいです。それもあって何進が十常侍に暗殺された際、部下らが怒り狂い、十常侍は武力により一掃されることになります。

そして何進が存命時、十常侍に武力で圧力をかけるため、各地から有力豪族を都に呼び寄せることを提案したのが部下の1人の袁紹でした。「そんなことをしたら仮に十常侍を排除できたとしても、混乱がもっと広がる」として曹操さんは反対したのですが、何進は曹操さん「ごとき」の意見には耳を貸さず、「名門出身」の袁紹の案を採用します。

ちなみに曹操さん、次のような巧みな言い回しで袁紹の提案に反対しました。

That's like luring a tiger to drive off a wolf. At the end, the tiger would cause more harm than the wolf.

玄徳さんも同様の表現を使ってました。虎と狼のたとえは中国で一般的なのでしょうか?

その結果、董卓が台頭し、袁紹は董卓との権力争いに敗れて都から敗走することになります。そんな経緯もあってか曹操さんの目には袁紹は先見の明と判断力に欠ける男と映っているわけです。

さて、この後2人は偵察および食糧調達を兼ねて、とある町に潜り込みます。



この町でも、ものものしい警備態勢が敷かれています。そして・・・



曹操さんの左隣には陳宮さんの指名手配書が!この直後の2人の会話が笑えます。

陳宮
I'm now your accomplice. However, your head is worth 1,000 gold and mine is worth only 50.
曹操
Sorry. My head is too expensive, and yours is too cheap.

2人の会話で中国全土で飢饉が蔓延していることが語られます。実際、それが黄巾の乱の原因となったことは容易に推測できます。「ほんの一握りの穀物のために友人さえも裏切るご時世だ」と嘆く2人。まして曹操さんに懸けられた賞金額を考えると、周りの人間が全て敵に見えます。とにかく休める場所を探そうということで、曹操さんの発案である人物を尋ねることになりました。



到着するなり、曹操さん、「暗殺未遂犯の曹操が来たぞ!共犯者の陳宮も一緒だー!」と門番に大声で伝えます。仰天する陳宮さんですが、この屋敷の人物は「呂伯奢」(りょはくしゃ?)と言い、曹操さんの父親と義兄弟の契りを交わした仲なのでした。「信用できる人物か?!」と尋ねる陳宮さんに曹操さん、また味のある言い回しで応じます。

Let's just say, I'd rather distrust myself than distrust him.

要するに「僕を信じるくらいなら、おじさんを信じた方がいいよ」と自分で言っているわけですw



さて、伯奢さんが「曹操、良く無事じゃったのー!」と大喜びで現れます。大きな街から小さな村に至るまで指名手配書が出回っており、心配で気が気でなかったようです。義理の甥を救ってくれた陳宮さんにも礼を伝えます。

If it weren't for you, my nephew wouldn't be alive. Please accept my gratitude.



「今宵は祝宴じゃー!」と2人を屋敷内へ案内します。逃亡生活が続き、食事も睡眠もろくにとれない日々が続いていましたので、内心2人とも大喜びだったでしょう。ところが1つ問題が発生します。「ご主人様、酒が切れております。」と使用人の1人が伝えに来ます。そして、この些細なアクシデントが曹操さんと陳宮さんの運命の分水嶺となってしまいます。

「だったら町へ行って酒を買ってこい」と命令をする伯奢さんに「彼が町で手配書を目にし、欲にくらんで密告する恐れがあります。そうなればあなたにも迷惑が・・・」と陳宮さん。「ならワシ自ら酒を買って来るわー!」と出掛けて行ってしまいます。曹操さんが大の酒好きなのを知っていたので、どうしても酒を振る舞いたかったんですね。そんな伯奢おじさんを曹操さんも引き留めることはできませんでした。

さて、伯奢さんが出掛けている間、2人はすっかりくつろいでいます。曹操さんに至ってはいびきをかいて寝ていたのですが、陳宮さん、妙な物音に気が付きます。

シャゴ、シャゴ、シャゴ・・・

包丁を砥石で研いだのは大学時代に1人暮らしをして以来ですが、どう聞いてもその音だなぁと思っていたら・・・



やはりその通りでした。使用人の1人が何やら鋭利な刃物を研ぎ澄ましております。陳宮さん、慌てて傍らで熟睡中の曹操さんを起こします。すると外から使用人達の声が聞こえてきます。

A : Shut the gate. Don't let them get away.  門を閉めろ。奴らを逃がすな。
B : Get the knife. Tie them up and kill them.  ナイフを持ってこい。奴らを縛って殺すんだ。
C : I'll close the gate. You go get the knife.  門は俺が閉める。お前はナイフを取りに行け。



どうやら2人を縛って殺害する計画を話している模様・・・?曹操さん、剣に手を掛けて・・・



抜き足差し足忍び足で外の様子を覗こうとします。ちなみに陳宮さん、この時に足元の箱につまずいて転びそうになり、曹操さんに目でとがめられます。ビビリ過ぎですw そして目に飛び込んできた光景は・・・。



この使用人さん、目付きがヤヴァいですw 刃物を手にしてこんな表情を作っては絶対にいけません。「賞金目当てに我々を殺害するつもりだ!」と曹操さん。先ほども言いました。僅かな穀物のために友人さえ裏切る時代です。優しかった伯奢おじさんでさえ例外ではないのです。

曹操
People will betray their friends for a bit of grain. The world isn't the same now. People are now unpredictable.
陳宮
Are you saying Lu Boshe is buying wine as an excuse to tip off the guards and have them arrest us?
曹操
He must be.

「どうしましょう?!」と狼狽する陳宮さん。曹操さんの考えは1つしかありません。



Given the situation, we'll have to risk our lives and kill our way out.

「殺られる前に殺ってしまえ」です。曹操さん、これを陳宮さんに伝える際、何故か「ニヤッ」と笑いますw 確か中国語で「殺す」は「シャー」だったと思います。猫みたいです。記憶では北京五輪のバトミントン会場で、中国人の観客がシャーシャー言うのでビビッて負けた日本人選手がいたと思います。



これを聞いて「シャーするの?マジすかっ?!」と目をまんまるにする陳宮さん。得意の顔芸が炸裂です。

ところで上の kill one's way out は日本語の「血路を開く」に近い意味をもちますが、文法的に興味深い表現です。kill は「誰かを殺害する」の意味であり、目的語に殺害対象を従えるわけですが、この表現では kill が殺害対象として目的語に way を従えています。ところが「way を kill する」(脱出経路を殺す?)というのは意味的に変です。その一方、one's way out は kill の目的語ではなく、副詞句として kill を修飾していると考えることもできます。同様の表現には talk one's way out があり、「言葉巧みに逃れる」の意味になります。(別紙参照)

さて、その間にも外から使用人達の声が聞こえてきます。

A : Are you all ready?  みんな、準備はいいか?
B : The knife is ready. I'll go look.  ナイフはOK。様子を見てくる。
C : The gate is closed. Hurry up!  門は閉めた。急げよ。
D : Damn you. I'll kill you!  クソ野郎共。オレがぶっ殺してやる!

2人を殺害する準備ができたようです。もはや一刻の猶予もありません。そんな時、建物に近づいて来る人影が・・・。



曹操さん、剣を抜き、扉越しに人影に向かって剣を突き刺します。剣は見事(?)、扉の向こうに立っていた人物のどてっ腹に突き刺さります。



文字通り、口から血しぶきを吐いて背中からドウッと地面に倒れる使用人。水を口に含み、歯を閉じて、口を少しすぼめ、歯の間からフーッと勢いよく噴き出すとスプレーっぽく噴射されますが、あんな感じです。刃物を研いでいた上の若者のようです。(合掌) ところで中国ではTVでの表現に対する規制がまだまだ緩いようで、戦争の場面も含め、殺害シーンは相当生々しくやってます。今どきの言葉で表すなら、描写がかなり「エグい」です。この場面でも日本のドラマなら、刃物が腹に突き刺さるシーンなどは直接見せず、例えばその瞬間は背中に隠れて見えないような演出がとられると思いますが、そのような手心はまったく加わっていません。日本でも昔はゴールデンで普通にスプラッター映画を放送してたと思うんですが、残酷描写が苦手な人は見ない方が良いドラマかもしれませんね。

完全に一線を越えた曹操さん。もう引き返せません。血塗られた剣を手にゆっくり建物から出てきます。



これを見て使用人達(10人くらい?)が凍り付きます。そしてここから・・・



一方的な虐殺が始まります。



見よ!剣を振るう曹操さんの鬼のような形相を!ちなみに1人(または1匹)が縦横無尽に駆け回って大群を蹴散らす状態を「無双」と呼ぶことがありますが、まさに「曹操無双」状態です。「無双」という言葉がこの意味を持つようになったきっかけは、私の知る限りでは三国志を元にしたアクションゲーム「三國無双」だと思います。何か妙な縁を感じますね。



女性相手にも容赦しない曹操さん。ちなみにずっとずっと後の話になりますが、曹操さん、献帝の目の前で献帝の子供を宿した皇后を時間をかけて絞殺するという非情な行為を行います。まあ、皇后が自分の暗殺計画に加担したからなんですが・・・。

そして遅ればせながら、陳宮さんも参戦します。というか、彼は傍観してても良かったと思うんですけどw 「自分も手を汚さなくては」と義理を感じたんでしょうね。



時間にして僅か数分の出来事。もしかしたら1分も経たなかったかもしれません。辺りに散乱する使用人達の亡骸。そして静寂。聞こえるのは肩で息をする2人の呼吸音だけです。と、その時・・・!



陳宮さん、その光景を見て愕然とします。慌てて曹操さんを呼び寄せます。2人が目にしたものとは・・・。








ブ、ブタ?!



しかも「縛られて」います。

We've committed a terrible crime.

陳宮さんの呟いた上のセリフが全てを物語っています。刃物を研いだのも、逃げないよう門を閉めたのも、縛ったのも、全て豚を殺して料理を作るためでした。(うん、知ってたw) 英語字幕から察するに豚は2頭以上いたのかもしれません。



流石の曹操さんも己のしでかした過ちに戦慄します。その曹操さんに向けて放った陳宮さんの非難の一言。



You are too suspicious!  あんたは猜疑心が強すぎる!

「いや、音にビビって最初に疑ったのはアンタやろ?」と思わずツッコミを入れてしまいましたw この後の2人を待ち受ける運命とは?!今回はこれまで。


参照 : Episode 2 Episode 3